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院長エッセイ

長野市稲里町田牧 の 脳神経外科・神経内科 脳とからだの くらしまクリニック

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紫の天使

紫の天使

 紫の天使

 休日に午睡からふと目覚めると、レースのカーテンをわずかに反り返らせて、窓から心地よい微風が入り込んできていた。スウェットパーカでうたた寝するのにちょうどよい風の温度だ。23℃。微風が連れてきた外の匂いにつられて、年老いた愛犬が窓の隙間から鼻を突き出して外気をうかがっている。窓を開けて愛犬とウッドデッキに出てみた。すると気づかぬうちにわが家の庭は一面緑の世界に変わっていた。つい一ヶ月ほど前にはピンクの髪飾りが似合うなと思っていたハナミズキたちはすっかり緑色のボブカットにイメージチェンジしているし、シャラは何本もの腕を大空に広げて深呼吸している。モミジは緑色の無数の掌(てのひら)を精一杯広げて日射しを捕まえようとしている。14年前マイホームを建てた当初に夢中になって配置した庭の木々がよくも立派に育ったものだ。
 玄関へのアプローチの脇にはれんが花壇がある。私がまだ勤務医だった頃、妻は家事に専従できていたので、季節ごとに美しい花々を絶やさなかった。しかし開業してからというもの彼女はクリニックにかかりきりとなったので、ガーデニングをする暇はほとんど皆無となった。だから開業1年目のわが家の花壇はあっという間に雑草だらけの荒れ地に変貌した。花が咲かない寂寥感あふれる春の花壇を眼にして妻は嘆いたが、「今は仕方ない」となだめた。それでも雑草だけは引きぬいたので花壇は裸ん坊になった。すると5月の半ばになったある日、何も植わっていないはずの花壇にかわいらしい紫の花がいくつか咲いた。こぼれ種によると思われる数株のムラサキツユクサだった。
 控えめな紫の三枚の花弁は簡素だがとてもキュートで、朝私たちが出勤する時には必ず咲いていた。でも帰宅時にはしぼんでいて、いよいよ枯れてしまったのかとがっかりするが、翌朝になると何事もなかったようにまた咲いている。いわゆる「一日花」らしく、朝に咲いて夕方には花びらをたたんで寝顔になるのだった。朝家を出たきり帰るのは夜遅くになる私たち夫婦にとって、簡素な花壇にひっそり咲くムラサキツユクサの、可憐な朝の顔と夜のけなげな寝顔にどれほど癒やされたことかわからない。
 それでも昨年の秋、妻が頑張ってビオラとチューリップの球根を植えた。だから今年の四月の花壇はかつてのように華やかな舞台になった。とりわけ赤とピンクのチューリップがえも言わぬ天真爛漫な色彩美を放ち、まるで異国の美しいプリンセスのようだった。しかし花の命は短くて、二週間も待たずに彼女たちはしおれてしまった。そしてその背後に去年より明らかに大所帯となったムラサキツユクサが、あたかも出番を待っていたかのように今年もまた紫の花を咲かせた。折しも今朝は雨。梅雨の到来を予感するような重たい雲が立ちこめている。そんな梅雨空の気怠さをものともしない気丈な紫の花たちは、さしずめきりりと髪を束ねた芯の強い日本娘のように思えた。その姿に鼓舞されるように、少々くたびれた二人だが「今日も頑張ろう」と夫婦で出勤した。(2015年6月上旬)

2015-06-12 23:50:12

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