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院長エッセイ

長野市稲里町田牧 の 脳神経外科・神経内科 脳とからだの くらしまクリニック

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生け垣

生け垣

生け垣
 休日の午前、久しぶりにカフェまで遅い朝食を食べに行った。11月だというのに妙に温かくて、家から2Kmほどの距離を歩いているうちにポカポカしてジャケットを脱いだくらいだった。ぶらり散歩にはちょうど心地よい日和だ。
 まずは団地の中の入りくんだ道を通り過ぎる。一戸建てのモダンなデザインの家が多い。車はミニバンやSUVがほとんどで、子ども用の自転車が何台か無造作に置かれている。人生でもっとも量感のある季節を過ごしている住人だということがうかがえる平和な光景だ。
 次にアパートが連立する一画に入った。かつてこのあたりは、一面に林檎や桃、水稲などの作物が実りをもたらしていた場所だ。年を追うごとに切り株が増え、田はもう水が導かれることのない草生地に置換され、肥沃な土壌はかさかさに肌荒れしてしまった。それでも農地の体面を保つために、ほんの一握りの広さで家庭用野菜や花が植えられていた。ところが最近大手情報通信機械器具の工場が関東から移転してきて、1000人規模の人口移入があったせいで、これら疑似農地は一斉に宅地化されて居住区に様変わりした。まるでつくしんぼのようにあれよあれよという間にアパートが建ち始めた。それぞれの駐車場にはアスファルトが一面に敷き詰められて、土の茶色はもうみじんも見えなくなった。
 少し悲しい気持ちになったので、通ったことのない小径に歩を進めると、不思議な風景が展開した。そこは私が少年時代を過ごした昭和三十年代のような町並みの一画だった。当時隣家との境と言えば生け垣が普通で、常緑広葉低木のマサキが定番だった。家々は低い垣根でやさしく境され、簡単に隣の家は見通せたし空はもちろん共有のものだった。まさにそんな家並みが目の前に存在し、個々の広い庭には自家用の野菜が植わった小さな畑と季節の花が咲く花壇、端っこにはお決まりの柿の木が実をたわわに実らせ初冬のアクセントになっていた。ここは昭和だろうかと、思わず立ち止まって見入ってしまった。浅田次郎の「地下鉄に乗って」を彷彿させた。そのうち腹の中心、臍の上あたりに懐炉を抱いたような温みが感じられてきて、のんびりとした安堵感が全身に染み渡っていった。もしここに住人が居て、落ち葉焚きをしながら生け垣越しに世間話などしていたら、泣けてきたかもしれない。
 ノスタルジアに浸りながら数分歩くとようやく見慣れた国道に出た。私たちはカフェに入ってイタリアンローストのコーヒーとラップを注文した。昼前のカフェは意外に空いていた。座る椅子がなく立ち往生する客があふれる店内で、PCや勉強道具を持ち込んで長々と平気で居座る人たちや、店中に響くほど声高に会話するご婦人たちもいない。文庫本を読んだり、低いトーンながらも楽しそうに会話しているカップルが多い。みなそれぞれが固有の空間の中で静かに自分たちの時を過ごしている。それでも、少し大人数のグループが来れば自ら席を移動して融通してあげたり、テーブルの隙間を誰かが通り抜けるときには荷物をのけてあげたり椅子を引いたりして、きちんと周囲にも気を配って他の客との協調を図っている。たまたまそんなメンバーになったのかもしれないが、昼下がりに立ち寄る喧噪のカフェとは少し違った雰囲気だ。散歩の途中で迷い込んだ昭和三十年代の家並みのように、カフェの中にも透明な生け垣ができていたのかもしれない。(2015年11月)

2016-02-07 22:19:22

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