〒381-2214
長野県長野市稲里町田牧1310-5
026-214-3105

院長エッセイ

長野市稲里町田牧 の 脳神経外科・神経内科 脳とからだの くらしまクリニック

院長エッセイ
English page
求人募集

時の値段

時の値段

時の値段
 昨年から、正月は旅館で過ごすことにした。去年は初回だったので、少し遠慮気味に一月二日から宿を取った。だが今年は思い切って元旦から宿をとった。家に居ると年賀状の返事書きに追われたり、挙げ句の果てには普段忙しさにかまけてなおざりにしている家のメンテナンスにまで手を出して、せっかくの休日が雑用に終始してしまうからだ。正月は温泉宿、宿は昨年泊まって印象がよかった諏訪湖畔の同じ旅館と、あまり思案を巡らすことなく決めたのがよかった。
 今年の元旦は雲ひとつない晴天で、湖岸通りをドライブしていると対岸の少し向こうに富士山がくっきりと望めた。車で15分も飛ばせばすぐ麓に着いてしまいそうなくらい近くに感じられた。一富士二鷹三茄子(いちふじにたかさんなすび)は初夢に見ると縁起のよいと言われるが、思いがけず実物の富士山を望めたのはめでたいことだった。
 部屋は十階の角部屋で、十三畳の和室の他に掘り炬燵のある六畳部屋と三畳の次の間までついていた。予約時点ではすでに残室が少なく、「和室十畳に踏込二畳」という条件だったので、予想外の部屋のアップグレードでこれまためでたい気持ちが加速した。
 夕食は正月らしい縁起物のおせちを交えた豪華絢爛なコースで、旅館の意気込み満載な料理に舌鼓を打った。夕食の後は地元の和太鼓のパフォーマンスがあると女中から案内されていたのでぶらぶらとホールへ行ってみると、諏訪神社にちなんだとても質の高い和太鼓、お囃子のパフォーマンスを楽しむことができた。連打する大太鼓の音は、体の芯まで届いて、埃をかぶりかけていた自分の中の原始を共鳴させた。近頃感動することが少なくなったと感じていたのは、実は自分の中の原始が埃で共鳴できなかったのだということが改めてわかって安心した。勇壮な大太鼓から小太鼓と笛によるお囃子に変わり、舞台の袖から赤、青の獅子が観客席に下りてきた。子どもたちの頭をやさしく噛んで邪気を取り除いて回った。その邪気払いに対してご年輩の男性が獅子の口の中におひねりを入れた。それがやけに粋な所作に見えて自分もやってみたくなった。手招きしたら私たちの席にも来てくれて、二人の頭を噛んでくれた。おひねりの千円を口の中に入れてあげると、お礼に「御諏訪太鼓」と書かれた和太鼓のお守りとあめ玉をくれた。感動回路がリセットされたせいで、こんな小さな体験も情感に満ちた価値ある時間だと感じられた。
 部屋に戻ってからは寝るまで炬燵にあたって過ごした。私たち夫婦には旅館に泊まったときの守るべき取り決めがふたつある。それはテレビのスイッチはけっして点けないこと。もう一つはお互い干渉することなく好きなことをやることである。妻は数独をやったり本を読み、私は創作に勤しんだ。BGMは波の音をバックにしたソロギターの楽曲を流した。携帯用のアロマディフューザーを持ってきたので、ラベンダーとレモンとゼラニウムをブレンドした。私なりの演出だ。こうして新年の元旦の夜は更けていった。
 時は不思議なものだ。正月もクリスマスも、月曜日も土曜日も、雨の日も晴れの日も、やはり同じリズムで几帳面に刻まれ、けっして止まることなく過ぎていく。水が高いところから低いところに流れるように必然的に流れていく。川のようだ。この元旦の夜もいつもと同じように時は経過したに違いない。が、もし時間に値段をつけるとすると、ここ数年で最高値(さいたかね)の一日をすごした気がした。そして高値のつく時間ほど、速く過ぎてしまう。時とはそもそも形而上的な世界の尺度なのかもしれない。(2016年 元旦)

2016-02-07 22:20:39

院長エッセイ   |  コメント(0)

 

コメント

お名前
URL
コメント
pagetop