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院長エッセイ

長野市稲里町田牧 の 脳神経外科・神経内科 脳とからだの くらしまクリニック

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屋根

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 少し前、とにかく覚醒している間中私の頭の中で「屋根」という曲がエンドレスでリピート再生されていた時期があった。仕事や日常の中でわずかでも思考に隙間が生ずると、それを埋めるかのように曲が再生され始める。私の場合、たいていこうした現象は心身がとことん疲れたときにおこる。それにしても何故この曲なのだろう。大学に入学したばかりの頃とても気に入ってよく聴いていた楽曲のひとつだ。確かラジオのエアチェックで自作したミュージックテープの中の一曲だった。
 エアチェックとはラジオやテレビの放送番組を録音録画して楽しむことだが、私が学生だった頃一般人が楽曲を入手できる手段は、レコードを購入するかエアチェックをするかのどちらかだった。したがってラジカセは必須アイテムで、たいていの若者は音楽番組のエアチェックで楽曲を入手していた。番組のパーソナリティーが曲紹介するのを聞いて、よさそうだと思ったら知らない曲でもいちかばちかで録音ボタンを押す。気に入ればそのままキープするし、気に入らなければ巻き戻して次の曲を録音する。そんな面倒な作業をたいていの若者は受験勉強や学校の試験勉強をしながらやっていた。不器用な私はたいていの場合録音操作に追われて、曲名やアーティストを書き留める間がなかった。だから気に入っている曲ばかり満載だが、題名もアーティスト名も不明なミュージックテープができあがるのが常だった。「屋根」という曲もそうした自作テープの中の一曲だ。数年前に不意にこの曲のことが思い出され、諳(そら)んじていた歌詞をキーワードにインターネットで検索したところ、曲名とシンガーが判明したものだった。
 歌っているのは高田真樹子という新潟出身の女性シンガーで、声質は涼しい透明に近いソプラノ。でもわずかに、そう3%位ハスキーな艶っぽさを混じる歌声だ。 
 
 つらいことだらけで泣きたくなってしまった時、
 あなたの家がはっきり見える屋根の上が恋しくなるの
 教会の十字架やとおくを走る汽車の明かりまで見える大きな屋根の上が
 真っ暗なあなたの家に灯りがともると なぜか私は涙が、涙が出てしまうの
 あなたの家の明かりは私をあたたかく見つめていてくれている そんな気がするから
 できるならあなたと二人だけでとおくを走る汽車の明かりを追いながら
 屋根にのぼりたいけれど
 今の私をなぐさめてくれるのは あなたの家の明かりだけでいいの
 真っ暗な闇の中で星に囲まれながら屋根の上であなたを想っていることだけで
 どんなにつらいことでも忘れることができてしまうの 今の私には
 
 この曲をエアチェックしたのはおそらく私が大学受験に失敗して予備校に通っていた頃で、東京東中野のアパートで親元を離れて初めての一人暮らしをしながら受験勉強していた頃だ。今と違ってSNSどころか専用の電話もなかったので、夜はけっこう寂しく、FMラジオから流れる音楽が大きな癒やしであった。現代のように自分の中で芽生えたりわき起こる想いや感情をすぐにラインやメッセージで伝達したり、ましては拡散することはない。いやできない。必然この不便さはそうした想いや感情をしっかり受け止め、十分反芻する時間を生んだ。今は辛く寂しさくやるせないけど、やがて実を結ぶかもしれないと信じて止まない切なる想いはこの時間経過の中で育まれたし、自分を高めることのないつまらぬ感情は昇華して消え去った。そうした若き日の想いと時間は、ミュージックテープとなって残っていった。
 しかしこの曲がさらに心に浸透したのは、後に医大に進んでからのことだった。その頃住んでいたのは、新潟市郊外にある築20年ながら鉄筋コンクリート製のアパートで、ウナギの寝床のようにやけに長いちょっと変わった建物だった。海辺に程近かったので、基本、吹くのは海風か陸風。しかしアパートの長軸は海岸線と垂直方向だったので、風の通り道とたいてい平行だった。だから風は窓をかすめるように通り過ぎて行ってしまい、建物の中はやたら換気が悪いのがそのアパートの最大の難点だった。特に夏場の蒸し暑さは想像を絶していた。
 しかしその欠点を埋めてあまりある長所として私が気に入っていたのは、少し小高い砂丘の中腹に建っていたことと、テニスができそうなくらい広い屋上があったことだ。屋上に上ると新潟平野を一望でき、海風が自由気ままに通り抜けていくのを全身で感ずることができた。だから暑い夏はもちろん、春や秋の心地よい気温の季節にはほぼ毎晩長い時間を私はこの屋上で過ごした。まさに「屋根」に唱われていたように、数え切れない家々や街灯の灯りや、広い平野を横切る列車の光の列を延々と眺めていたものだった。家の灯りはそこに人々の生活があることの証明で、街灯はそこを人々が行き交う空間があることの証である。その頃私には具体的な「あなたの家」の灯りはなかったが、「いつか出会うかもしれない誰かがこの灯りのどれかの元にいるのかもしれない」という未来は感じていた。だから灯りたちを見ていると漠然と誰かに背中を抱かれて、未来の夢を語りかけられているような気がして気持ちが和んだ。屋上ではいつも「屋根」を口ずさみ、部屋に戻ればカセットテープを何回もリピートして聴いていたような気がする。
 今の自分はと言うと、屋上で海風に何時間も吹かれても平気なあの頃のような大容量の熱源は体内にないし、心のセンサー感度もだいぶ鈍くなってしまった気がする。そんな喪失感が募るのに背負うものはたくさん。だから背中が少し寒く感じてしまう。四十年近くの時を経てこの曲が想起されて頭の中でリピートされているのはきっと「屋根」を聞いては灯りたちに癒やされていたあの頃の熱く澄んだ気持ちのリバイバルを心が望んでいるからだろう。
 しかし時代が変わって音楽の再生メディアはめまぐるしく変遷し、私の「あの頃」を凝縮したはずのカセットテープは再生することはできなくなった。第一アナログのメディアは劣化してしまうので、再生不能で結局ほとんど全部廃棄してしまった。今夜も人気のない夜の診察室で、残務に追われながらネットでダウンロードした「屋根」を聴いている。だいぶ記憶の彼方で、蘇った「あの頃」は断片的で象徴的なものばかりだが、今度はせめて劣化しないメディアに注釈付きで未来の自分に当てて残しておかなければいけないと感じた。そして将来、そのメッセージを喜び懐かしむことができる自分でい続けられるよう、自分のメンテナンスも怠らないようにしなくてならないと切に思った。 (2016年初夏)
 

2017-01-04 21:12:42

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