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長野市稲里町田牧 の 脳神経外科・神経内科 脳とからだの くらしまクリニック

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ドライブの勧め

ドライブの勧め

ドライブの勧め
  久しぶりに見る木々は、季節を象徴するように紅や黄、ゴールドのモザイクで秋色へと衣替えした。公園のベンチでTully’sからテイクアウトしたコーヒーと、妻お気に入りのパン屋で買ったBLTとベーグルサンドがブランチのメニューである。10月は地域の講演会の講師依頼があって、その準備のため休日は外出もせずに終日コンピューターに向かって過ごすことが多かった。平日は帰宅が夜遅いので、朝の通勤の時にしか季節の変化を眼にすることができない。楓の紅やイチョウのゴールドが、鮮やかすぎて軽く眼に痛みすら覚える。でもそれは心地よい痛みで、コロナコロナで停滞した感性のせせらぎを浄化し、脳裏に澱んだ不安や憤懣を払拭していく。
ブランチを済ますと、久しぶりに少し遠くまでドライブしようと言うことになった。目的地は特に決まっていない。いつもそうであるように、私たちのドライブはまず雲のない空が澄んでいる方角に向かって走り出す。窓外の風景やその日の気分で候補地が絞られ、過去の記憶の後押しで目的地が決まっていく。
   思い返せば私はおそらく標準よりかなり長い時間をドライブに費やしてきた方だと思う。大学は新潟市にあり、日本海に面した海の気候は長野育ちの人間にはとてもきびしいものだったので、車は必需品と言ってよかった。裕福とはとても言えない家庭だったが、両親は大学生のわがまま息子のために中古のカローラクーペを買ってくれた。思いがけず手にしたカローラは実によく仕事した。通学はもちろん、大学から18kmも離れた好条件の家庭教師のアルバイトにもありつけた。帰郷すれば家族を連れてあちこち遠出のドライブに出かけたり温泉旅行にも行くことができた。もちろん車好きの仲間と夜ごとドライブに出かけた経験は、私の大学生活の思い出のトップランクに位置している。
    妻とは大学時代に知り合ったが、二人で過ごす時はいつも車が欠かせなかった。妻もドライブ好きで、天気がよければ海を見に、新緑がきれいならば山に、星がまたたく夜ならば弥彦山の頂上に、霧深かければベールを被った神秘な街並みを探索しに、見知らぬ道を探してドライブに出かけた。本当に信じられないほど様々なところへ車で出かけたものだ。学生時代は体力も充実、時間はとてもフレックスだったので、近隣県であればほとんど躊躇無くデイトリップに出かけることができた。山形県のサクランボ狩り、紅葉を見に阿賀野川沿いに福島の会津若松まで、暑ければ志賀高原へ涼を取りに。夏ともなれば延々と続く海岸道路を流しながら、好きなビーチで海水浴を楽しんだ。特にお気に入りだったのが、日本百名道のひとつでもある越後七浦シーサイドラインで、昼間は海の絶景と、夜は明かりを灯して漁をする漁船たちが遠く波間に揺れて神秘的であった。きっと走行距離はプロドライバー並みだったと思う。
  それだけ走れば運転技術は必然向上するし、様々な場面に遭遇するので経験値も上がってくる。道は自分だけのものではなく、他車の自由を無視したりするとこっぴどくしかられる経験もした。必然自分と他車との関係性をできるだけ瞬時に理解して、お互いが気持ちよく走れる関係性を保つ、言わば「車交際術」が身体にたたき込まれた。つまり時間軸を加えた4次元の中で自車の位置や振る舞いを客観的に捉える能力が育くまれた。それだけに昨今の交通マナーにおけるパラダイムシフトには大きな戸惑いを覚える。巨視的な、はやり言葉で言えば「俯瞰的な(ふかんてきな)」視野で見て運転している人が少なく、総じて自分が優先、他車への気配りは欠け、ひどいときはスマホやテレビを見ながら蛇行運転をしている人もいる。いらいらした後続車をたくさん従え、のんびりマイペースで追い越し車線を走行している車が多く見かけるように思う。
  交通マナーと言えば強く感銘を受けたのはカナダを車で旅行したときのことであった。都心ではなく観光地であったせいもあるが、ドライバーたちは皆穏やかでジェントル、それでいて他車の挙動には極めて敏感で、少しでも自分より速度が速い車が後方から近づいてくると路肩に寄って減速、先行させてくれるのだ。日本では考えられないほど長い工事用信号で停車すると、皆エンジンを切り、外に出てストレッチをしたり景色を眺めたりして思い思いに待ち時間を過ごすのだ。こうした環境ではクラクションで威嚇したり、まくり運転などは必然的に生じようがない。車だけではない。空港や駅で並んで順番を待つ時などでも、できるだけ他人の進路を妨害することを避け、お互い適度な距離を保てるように視線で語りかけたり声をかけたりして上手に調整するのだ。背中に眼があるのではないかと思われるほどその敏感さは驚くほどで、おそらく幼少の頃より他人との距離感の保ち方や他人の自由や意思を侵害しない関係性について、徹底的にしつけや教育がなされるのだと感じた。様々な思想や宗教の多民族が集まる国ならではの常識であり生き方なのかもしれない。
  今日のドライブのBGMは最近お気に入りのギター曲集を選んだ。ゆったりとしたバッハのカンタータの演奏にマッチして、車は真田町の山間のたんぼ道を走っている。林檎の実は赤や黄色にたわわに実り、その背後の山は光合成を終えた木々を擁して、晩秋の澄み切った青の空にもたれかかって一休みしているかに見える。私たちの心も大あくびしたので、車を止めて林檎の実をバックにスナップ写真を撮った。今日のドライブも100点満点の出来とばかりに特上の秋のスナップが撮れた。何歳までこうして二人でドライブを楽しめるだろうかと少しの不安と、大きな期待と夢を心に帰路に着いた。(2020年11月8日)

2021-01-16 19:43:00

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