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バイブル 5月にしては少し冷たすぎる風雨が斜めにさした傘の下をくぐって襟元を攻めてきた。思わず首を縮こめた。うららかで光と彩りにあふれていた昨日とは打って変わって、今日の空は鉛色で、低層の雨雲が急ぎ足で右から左手へと流れていく。英国にはまだ行ったことはないが、小説の記述や ゴルフのBritish Openの映像から察するに、きっとこんな気候なのだろうと思う。ようやくたどり着いた連休初日は、窓越しに春の嵐を見ながら過ごすことになった。しかし、悪天候の中で、雨に打たれ、風に揺さぶられるツツジの花や木々を眺めながら部屋からぼんやりと過ごすことは、今の自分には不思議にほっとできる時間で、購入したまま本棚の飾りとなっていた小説を読み始めるのに最適の好機となった。 「城砦」という英国のA・J・クローニンが書いた古い小説がある。彼は医師であり小説家でもあって、この「城砦」は代表作である。この本との最初の出会いは予備校からの帰りに寄ったお茶の水の丸善であった。受験勉強の最中だったが読み止めることが出来ずに、明け方までかかって読破した記憶が残っている。小鳥のさえずりが聞こえ始めて夜が白々明けつつある荻窪のアパートで、読み終えた後に覚えた高揚感を今も忘れない。医師になりたいという思いが揺れに揺れていた時期で、それを勝ち取るために目覚めなければならなかった線条体と扁桃体のニューロン(モチベーションを生み出し“やる気”スイッチを入れる脳の部位)を励起させるのに十分な刺激を「城砦」は与えてくれた。当時は竹内道之助氏が翻訳された少し古めかしくも英国的な匂い漂う文章であったが、今回は夏川草介氏の翻訳と言うことでどんなテイストの違いがあるのだろうか? 50年近いインターバルをおいて読んでみる気になった。医師を志す大きなブースターとなった本を、医師として様々な経験を積み、少し疲弊すら感じ始めた今の自分はどう感ずるだろうか?我ながら答えは未知数で興味がもたれた。 私が医師になれた陰には母の力が大きかったように思う。私が幼少の頃母は気管支喘息の病状が最悪で、度々重積発作を起こしていた。呼吸困難に苦しむ母の姿は断片的ながら私の脳裏に残っている。生命の危険を予感するほどの呼吸苦の最中に「僕がお医者さんになってお母さんの病気を治してあげる」と私が言ったのだそうだ。母は何度もこのシーンを回想しては懐かしくもうれしそうに私に聞かせてくれたものだ。当の本人はその言動はよく覚えていない。それと、母はよく娘時代の思い出を語って聞かせてくれたが、その中に飛び級で旧制長野中学から旧制松本高校へ進み、東京帝国大学医学部に入学した近所の青年の話が度々出てきた。母が彼に対して憧憬と恋慕に近い思いを抱いていたのではないかと子供心にも察することが出来た。母の生家のすぐ近隣の開業医の息子さんで、私の名付け親もその開業医の先生だった。そうした背景もあり母は私に医師になって欲しかったのではないかと思う。しかしその意に反して私は高校時代遊びほうけていたので、幼少の私がつぶやいたとされるこの天使のような言動も、母の中では夢物語と化し、懐かしい回想の域に転座していったのではないかと当時の私は後ろめたい気持ちを抱きつつ推察していた。自由奔放に過ごした当然の代償として私が受験に失敗した際も、滑り止めのW大理工学部に合格した際も、予備校に通って医学部を目指したいという私の空言を母は支持してくれた。家計はけっして裕福で無かったが母は例の幼少の私のつぶやきのエピソードを引き合いに出して、断固医学部への志願を継続するよう背中を押してくれた。そう、母はあきらめていなかったのだ。しかし基礎力の無かった私は当時の医学部入学のハードルの高さに逡巡する場面も多かった。そんな時出会った「城砦」がアクセルを全開にしてくれた。合否発表の日、結果を知らせてくれるはずだった知人のミスで連絡は大きく遅れた。発表から3時間ほども遅れて鳴った電話を受けた母が、受話器を持って飛び跳ねた姿が今でも鮮明に甦る。 上下2巻に分かれた1巻目も中盤にさしかかった頃、ようやく雨はあがり、重くのしかかっていた雲も居座ることをあきらめて少しずつ退散していった。雫を葉いっぱいに載せた若葉が、水を得て一段と緑が濃くなり麗しさを増したように見える。雨上がりの新緑は生命感あふれ、初々しい。それを見ていると若き日の自分や自分を取り巻いていた人々を思い出す。今回読んだ夏川草介氏翻訳の「城砦」は、少し現代風で、古い英国然とした表現は少ない印象であったが、相変わらず読むのを中断するのが困難な小気味よいストーリー展開であった。主人公の体験や思いが、実際の自分と不思議と多く重なることに驚きを覚えた。医師の生涯では皆が経験し感ずる公約数なのかも知れないが、知らず知らずに主人公のアンドルー・マンスンを心の師匠として自分は歩んできたのかもしれない。折しも今日は母の誕生日である。もうこの世にはいない母は今の私をどう見てくれているだろうか。親孝行をほとんどしてあげられなかった私だが、今の私を母は誇りに思ってくれるだろうか?遅すぎる親孝行かもしれないが、医師として人として恥じない日々を過ごしなさいと、2度目の「城砦」は私に説いて聞かせてくれているようだった。(2025年5月 GW休暇初日)
2025-05-18 16:14:54
院長エッセイ