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Awe(オウ) 重く冷えた鉄製の扉を開けると予想外に風が強くて、思わず風圧でからだが持って行かれそうになった。左手でドア枠を掴んでようやく体勢を立て直した。職員通用口はどうも風の通り道のようで、真冬には思わず首をすくめたくなるような冷たい強風が通り抜ける。しかし今夜の風はわずかだが真冬のそれよりはやさしい。立春が過ぎて一月以上も経過したので当然と言えば当然だ。帰るのはいつも似たような時間だが、オリオン座の三つ星の位置は明らかに天高くに移動している。季節は冬から春へと確実に変わり始めている。私たちの地球も天の川銀河の中心へと近づく周期に入り始めている。近隣の家々は高齢者が多いせいか、暗くて静まりかえっている。灯りのないクリニックの駐車場で意味もなく歩を進めながら夜空を仰ぐ。駐車枠を示す白線がかすれて12回の四季をしのいできた年月を物語っている。あの頃より12歳分年を取って寒がりになった私の身体をかすめて吹く風は確かにまだ冷たいけれど、ティースプーン1杯分くらいの春が香った。 地球は冬の間「私たちの銀河」の中心から遠ざかった公転軌道にいるので、夏のような密度の高い天の川は見られない。それでも漆黒の澄んだ背景に色とりどりの恒星達がひしめき瞬いている。2000億を超える太陽たち。私が大学生の頃打ち上げられたNASAのボイジャー1号は、2026年の11月に地球から「1光日(約259億km)」の太陽系外恒星空間を移動しているらしい。光が24時間かかって届く距離にいると言うことは、片道の通信にも24時間かかる距離にいることになる。私が医者になってあくせく働いていた間も、寝ている間も、休暇を楽しんでいる間も、ボイジャーはひたすら孤独に木星や土星の探査を行い、ついには太陽系を出て孤独な星間空間を今も観察データを送りながら飛行している。それにしても光年に換算すると1/365光年(約0.0027光年)で、天の川銀河の直径が10万5700光年、そして天の川銀河も観測可能な宇宙に存在する2兆個の銀河のうちの1つに過ぎないことを考えると、人間のなせる努力は限りなく0に近いかくもちっぽけなものであることに驚く。それでもこのちっぽけな努力と成果はとても崇高なものだと私は感ずる。ところが一方ではこの瞬間にも領土、資源、宗教、民族、政治的対立から愚かな戦争が繰り広げられ、多くの命が奪われ、霊長類の頂点に君臨するはずのヒトの精神や魂、作り上げてきた歴史が激しく損傷しゆがめられている。「限りなく0に近い」小さな惑星の小さな生物種である人類は、今や「限りなく0に近い」ではなく真の0に、つまり無への道のりを歩み始めているのかもしれない。ともあれ今夜も仕事終わりの暗い駐車場で星空を見上げる。雲がない夜の私のルーティン。 星空と言えば必ず脳裏に再生されるシーンがある。大学受験を控えた夏休み、扇風機しかないわが家はあまりに暑くて父親に何とかクーラーを買ってはくれないかと泣きついたが言下に断られた。しかし代わりに、当時山間の鬼無里村の農家が村をあげてやっていた「学生村」の予約を取ってくれた。言わば3食付きの農家民宿で、高地の涼しい環境下で勉強をしたい学生たちがたくさん集まったものだ。私が世話になった民宿には、司法試験を目指している京都大学の法科の学生や愛知県から卒論を仕上げようと意気込んで訪れた女子短大生3人が滞在していた。隣の民宿にも大学受験を目指した個性あふれる都会の高校生が何人か滞在していた。3食新鮮な獲りたて野菜の田舎飯を共に食べているうちに皆うち解けて、勉強よりも遊ぶ方の比重が増えていった。滞在も最後に近くなった晩、真っ暗い山道を皆でわいわいとふざけながら登って星を見に行った。村の灯りすら届かなくなった山道で見上げた空は満天の星で、天の川はまさにミルクをこぼしたように濃厚な星々の帯となって夜空を横切っていた。皆しばらく息をのんで見上げていたのは言うまでもない。そしてそれぞれの進路の目標が達成されるよう祈った。今彼らがどうしているかはわからぬが、きっとあの星空のイメージはそれぞれの脳裏に焼き付いているに違いない。でもその時はあの無数に見える星々がそれぞれ途方もなく遠い異なる時間に放たれた光で、それも天の川銀河のほんの一部の恒星たちであること、その遙か背後には観測可能な範囲だけでも2兆個の肉眼では到底見えない銀河たちが存在していることなどは誰も知らなかった。 宇宙の壮大さは計り知れない。人間は自分たちとは比較にすらならぬほど遙かに超越した大きな存在や美しさを前にするとAwe(オウ)という畏怖・畏敬を感ずるのだそうだ。自分の矮小さを嫌と言うほど自覚する一方で、自分もその巨大な存在の一部で起源も同じことを理解するに至ると不思議な一体感を感ずるのだそうだ。どこかで寿命を迎えた星が超新星爆発を起こして、水素やヘリウム、内部で作られた炭素や酸素、鉄などの重い元素が宇宙に撒き散らされ、それらが次の世代の星の材料となり星が生まれ、私たちの体も同じ材料から作られている。Aweは自己中心的な考え方を協調性のある他人に優しい自分に導く効果や、日頃のストレスや悩みで内向きに収束しがちな視点を外向きベクトルへ方向転換させ、視座を高めてくれる効果もあるそうだ。他人ごとではないが、スマホやPCの画面に見入ってばかりで豊かな遠景を眺める時間が極端に減ってきた現代人に今最も必要ことは、それらIT機器から離れてまずは夜空の星々を眺めてAweを体感することなのかもしれない。とりわけ自国の利しか追求できない大国のトップ達にはAweを感じて欲しいと心から思う。(2026年3月)
2026-03-26 20:11:28
院長エッセイ